最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)369号 判決 1980年3月18日
上告人
大同酸素株式会社
右代表者
半田忠雄
右訴訟代理人支配人
木戸徹夫
被上告人
菅茂
岸武武次
右両名訴訟代理人
川崎敏夫
主文
原判決中上告会社の被上告人岸武武次に対する請求を排斥した部分を破棄し、右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
上告会社の被上告人菅茂に対する上告を棄却する。
前項に関する上告費用は上告会社の負担とする。
理由
上告代理人木戸徹夫の上告理由Aの一について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同Aの二について
原審が確定した事実の要旨は、被上告人岸武は、村田満津次(第一審被告)が代表取締役を勤めていた訴外淀川ラセン株式会社(以下「訴外会社」という。)の取引先である宇野工業株式会社の代表取締役であつたが、村田の要請によつて、訴外会社が新株一万株(一株五〇〇円)を発行した際(これによりその資本の額は一〇〇〇万円となる。)、そのうち四〇〇〇株(二〇〇万円)を引き受けるとともに、訴外会社の取締役に就任したものの、右就任は、同被上告人において訴外会社に常勤せずその経営内容にも深く関与しないことを前提とするいわゆる社外重役として名目的にしたものであり、実際にも同被上告人は訴外会社に一度も出社したことがなく、その業務の執行は村田の独断専行に任せこれにつき何ら監視することもなく、村田に対し取締役会を招集することを求めたり、自らそれを招集したりしたこともなかつたところ、その間、村田は、代金支払の見込みもないのに訴外会社を代表して上告会社から液体アルゴン等を買い受け、その代金を支払うことができなかつたため、上告会社に損害を与えた、というのである。
ところで、株式会社の取締役は、会社に対し、取締役会に上程された事項についてのみならず、代表取締役の業務執行の全般についてこれを監視し、必要があれば代表取締役に対し取締役会を招集することを求め、又は自らそれを招集し、取締役会を通じて業務の執行が適正に行われるようにするべき職責を有するものである(最高裁昭和四六年(オ)第六七三号同四八年五月二二日第三小法廷判決・民集二七巻五号六五五頁)が、このことは、前記被上告人岸武につき原審が認定したような会社の内部的事情ないし経緯によつていわゆる社外重役として名目的に就任した取締役についても同様であると解するのが相当である。そうすると、前記のように同被上告人が取締役として訴外会社の業務執行を監視するにつき何らなすところがなかつたことはその職責を尽くさなかつたものといわなければならないから、これと見解を異にし、同被上告人には村田の業務の執行につきこれを監視する義務はないとしたものと解される原判決は、法令の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨はこの点において理由がある。もつとも原判決は、村田が被上告人菅以外の者の要求によつて取締役会を招集したことがないことや取締役会が開かれた際にも村田に出席取締役の意見を尊重する態度が全く見られなかつたとの認定事実に基づいて、被上告人岸武において村田が前記のような上告会社からの買入れをすることを事前に阻止すべきであるといつてもそれはいうべくして実際上は不可能であつたから、同被上告人は上告人の被つた前記損害につき責任を負わないことをも付加して判示するのであるが、前記のように、同被上告人が訴外会社の取引先の会社の代表者であり、村田の要請によつて、訴外会社の資本の五分の一に当たる株式を保有する株主となり、かつ、その取締役に就任した事情・経緯にかんがみると、同被上告人の村田に対する影響力は少なくなかつたものと考えられるから、右のような事実があつたからといつて直ちに同被上告人が前記職責を尽くすことが不可能であつたとすることは、たやすく肯認しがたいところといわなければならない。そうすると、結局、原判決中上告会社の同被上告人に対する請求を排斥した部分は破棄を免れず、本件は、以上の点について更に審理を尽くさせるのを相当とするから、右部分につきこれを原審に差し戻すこととする。
同Bについて
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(環昌一 江里口清雄 横井大三 伊藤正己)
上告代理人木戸徹夫の上告理由
A 被上告人岸武武次について
一、原判決の判断に、判決に影響を及ぼすことが明らかな採証法則の違背がある。
被上告人岸武が臨時株主総会議事録に実印を押捺している事実を以て(甲第一六号証)、株式総会で選任された法律上の取締役と原審が認定したのは、本人の自白、証人戸成豊、同菅茂の証言に反する。本人尋問では、訴外村田満津次が昭和四八年二月頃、岡山県玉野市に被上告人岸武が経営の宇野工業株式会社を訪れた折に、新株申込証(甲第一七号証)に実印を以て押捺したと証言している。然して、右新株申込証の印と臨時株主総会議事録の同人末尾の印が一致するから、右臨時株主総会議事録で、兵庫県尼崎市の淀川ラセン株式会社の本店で臨時株主総会が開催されたとの記述は事実に反する。
証人菅茂によると「私があとから聞いたところでは、被告岸武は出資はしたが、役員になつた覚えはないと云つていました。私も個人会社ならともかく、三井造船の筆頭の下請会社である宇野工業株式会社の社長が、仕入先の役員になるとは考えられません」と証言し、又、証人戸成豊の「役員の中で淀川ラセン株式会社で現実に役員として行動していた者はいるか」との質問に対し、「誰も役員として出入りしておりません」と証言している。以上によつて明らかな如く、被上告人岸武は、株主総会で選任された取締役ではなく、単に取締役就任登記につき承認を与えていた表見取締役に過ぎないのであるから、商法第一四条の類推適用によつて自己が取締役でない事を対抗できない善意の第三者に対しては(本件に於て、被上告人岸武の取締役就任につき、故意又は過失のある事は明らかである)、取締役でない事を主張できない結果として、商法第二六六条の三第一項の責任を負う事は明らかである(最判昭和四七年六月一五日、民集二六巻五号九八四頁)。
二、原判決は最高裁判例に違反する(最判昭和四八年五月二二日判例タイムズ二九七号二一八頁)。
仮りに被上告人岸武が法律上の取締役だとしても、訴外淀川ラセン株式会社の代表取締役村田満津次の放漫経営を拱手傍観していた同人には、取締役の代表取締役に対する監視義務違反の責があり、責がないと判断した原審は、同種事案の前記最高裁判所の判例に反するものである。
B 被上告人菅茂について
一、原判決の判断に、判決に影響を及ぼすことが明らかな採証法則の違背がある。即ち、甲第一六号証の臨時株主総会議事録の被上告人岸武の押印が真正であるから、右議事録に於る被上告人菅の押印も真正に成立した事を担保するものとみるべきであるから、同人も取締役就任を承諾したものとみるべきである。然して前記被上告人岸武と同様、被上告人菅は法律上の取締役ではないので、表見取締役として商法第一四条を通して、同第二六六条ノ三第一項の責があると解すべきである。
二、仮りに被上告人菅が法律上の取締役だとすると、A第二項と同じ理由により、取締役の代表取締役監視義務懈怠の責があり、商法第二六六条ノ三第一項により上告人に損害賠償する責がある。
(最高裁判所昭和四八年五月二二日、判例タイムズ二九七号二一八頁)。
以上いずれの点よりするも原判決は違法であり、破棄さるべきである。